理事長あいさつ
阿部 貴弥
この度、一般社団法人日本人工臓器学会 第17代理事長を拝命いたしました、岩手医科大学泌尿器科学講座の阿部貴弥と申します。本学会は、1957年に前身である「人工内臓研究会」として発足し、1963年に現在の日本人工臓器学会へと発展して以来、60年以上の長い歴史を有する伝統ある学会です。その理事長を務めさせていただくことは大変光栄であると同時に、その重責に身の引き締まる思いです。役員ならびに会員の皆様のお力添えを頂きながら、より良き学会づくりに尽力してまいります。
本学会には、医師、臨床工学技士、研究者、看護師、企業の皆様をはじめ、人工臓器領域に携わる幅広い多職種が関与しています。また人工心臓・人工肺・人工肝臓・人工腎臓をはじめとした臓器代替技術のみならず、人工視覚、人工聴覚、人工神経、さらには再生医療、医療ロボティクス、医療AIに至るまで、「医工連携」を本質とした学術領域を広く包含している点が、本学会の大きな特色です。さらに、英文誌 Journal of Artificial Organs の発刊や、IFAO、ESAO、ASAIO など国際学会との連携を通じて、日本の人工臓器技術を世界に発信する役割も果たしてきました。松宮前理事長が示された本学会の4つのミッション(「日本発の人工臓器を患者さんのもとへ」、「多領域化」、「人材育成」、「国際化」)を継承しつつ、特に「バランス」と「次世代の育成」を重点的に推進してまいりたいと考えております。
1.「バランス」の確立と深化
人工臓器医療は、基礎研究におけるシーズと、臨床現場に存在するニーズを確実に橋渡しし、患者さんへ届けることで成立します。そのためには、臨床家、研究者、企業、行政・規制当局が風通し良く連携する「産官学のバランス」が欠かせません。
人工臓器の目的は、創成期の「救命」から、進歩に伴い「延命」「ADL・QOLの改善」へ、さらに近年では「社会復帰・社会参加の支援」へと大きく変遷しています。今後は在宅療養や地域医療を含め、患者さんの生活により寄り添う人工臓器のあり方が求められます。このためには、医学・工学のみならず、リハビリテーション、栄養、医療ソーシャルワークなど、多様な専門領域との協働が不可欠であり、多職種・多領域が「バランス良く」連携して進んでいく必要があります。この点で、松宮元理事長が定めた準会員カテゴリーの強化も重要な課題となります。
また、国際的には、日本の人工臓器技術は世界トップクラスであり、とくにアジア・太平洋地域におけるリーダーシップが期待されています。IFAO、ESAO、ASAIO など国際学会と歩調を合わせながら、日本のプレゼンスを適切な「バランス」を確立し、グローバルな連携を強化してまいりたいと考えています。
2.「次世代の育成」
人工臓器学は、医学と工学という異なる知が融合して進化してきた分野です。今日の人工臓器医療は、先人の「人工臓器を必要とする患者さんに届けたい」という強い思いのもとに築き上げられた英知の結晶です。しかし世界のニーズは急速に変化し、医療機器開発のスピードも飛躍的に増しています。従来の延長線上の取り組みだけでは、国際競争力を維持できない可能性があります。また、多職種連携の不足、若手研究者の参入減少、国際発信力の弱さ、産学官連携の深化不足、さらには学会運営における属人性といった課題も顕在化しています。次世代が安心して研究・臨床・開発に取り組める「共通の土俵」と「同じ方向性」をつくり、複数世代で継続的に発展できる仕組みを整備することが急務です。そのため、医学教育はもとより、レギュラトリーサイエンス、倫理観、死生観など、若手臨床家・工学系研究者・企業人が体系的に学べる機会の創出を検討してまいります。
岩手県が生んだ偉人・後藤新平には、「金を遺して死ぬは下、事業を遺して死ぬは中、人を遺して死ぬは上」という言葉があります。人工臓器医療の未来を切り拓くのは「人」であり、次世代を育むことそのものが本学会の最も重要な使命であると考えています。
人工臓器学は、「人工臓器で患者さんを幸せにする」という明確な理念のもとにあります。その推進を阻む課題を丁寧に議論し、計画を立て、着実に実行していくこと——それこそが我々に課せられた使命です。学会の発展のために、会員の皆様のお力を結集できる学会運営に努めてまいります。どうぞ今後ともご指導、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。



