眼内レンズ
1.白内障とは
目の中には水晶体といって,カメラのレンズに相当する部分があります。正常な水晶体は透明で,外から目の中に入ってきた光(入射光)を屈折し,網膜にピントを合わせる役割をもっています。
この水晶体が濁ってきてしまい,透明ではなくなった状態を白内障といいます(図1左)。年齢(加齢)が原因であることがほとんどですが,他にステロイド薬など薬剤によるものや,アトピー性皮膚炎に伴うもの,目の病気に併発するものなどもあります。
2.白内障手術と眼内レンズ
白内障の治療は手術によって行います。濁ってしまった水晶体を摘出しますが,そのままではピントが合わなくなってしまいます。昔は,手術の後に分厚い眼鏡やコンタクトレンズを使うことによって,ピントを合わせていました。しかし,分厚い眼鏡やコンタクトレンズは不便なので,現在ではその代わりに眼内レンズが使われています。
白内障手術では,水晶体の中身だけを取り除き,周りのカプセル状の膜(水晶体嚢)を残します。この水晶体嚢の中に眼内レンズを入れて固定します(図1右)。
3.眼内レンズの形状と素材
代表的な眼内レンズの形状を図2に示します。光学部と呼ばれる中心部分は直径6mm(もっと大きいものもある)で,そこから2本の支持部が出ていて,それによって水晶体嚢に固定されます。
素材としては,硬いものと柔らかいものがあります。硬いものはPMMA(polymethyl methacrylate)と呼ばれる樹脂で,柔らかいものにはアクリル系とシリコーン系の2種類があります。
現在最もよく使われているのは,柔らかいアクリル系の素材からできた眼内レンズです。柔らかい素材であるために折り畳んで目の中に挿入することができ(図3),2.0~2.4mmといった小さな傷口から手術を行うことができます。傷口が小さい方が,目に対して優しい手術になります。
いずれの素材も,目の中で炎症を起こさず,経年劣化することなく,長期間安定しています。眼内レンズが劣化して取り替えが必要となることはほとんどありません。先天白内障の小さいお子さんに手術をするときにも,眼内レンズは適応として認められているように,眼内レンズの寿命は人間の寿命より長いと考えられています。
4.単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズ
眼内レンズは機能の面から,単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズに大きく分かれます。
若いときの人間の目は,水晶体の厚さや形を変化させることによって,遠くから近くまでピントを合わせることができます。老眼になるとその能力が衰えて,ピントを合わせづらくなり,最終的には一つの距離にしかピントが合わなくなります。
眼内レンズは,若い目の水晶体のように目の中で厚さや形を変えることができません。ですので,白内障手術で水晶体を単焦点眼内レンズに取り替えると,老眼の状態と同じように,一つの距離にしかピントが合わなくなります。
多焦点眼内レンズは形状を工夫することにより,複数の距離(遠方,中間,近方など)にピントが合うようになっています。
単焦点眼内レンズの手術は保険診療で行うことができますが,多焦点眼内レンズの手術は保険診療でカバーされません。
5.単焦点眼内レンズ
一つの距離にピントを合わせる眼内レンズです。ピントを合わせたい距離を予め決めておき,手術を行います.ピントを合わせた距離以外のところは,眼鏡を使ってはっきり見えるようにします。
遠くを眼鏡無しで見たい場合は,遠くの距離にピントの合う度数の眼内レンズを選び,手術をします。手元は裸眼では見えませんので,術後に老眼鏡を作って,近方にピントを合わせるようにします。
近くを眼鏡無しで見たい場合は,手元にピントの合う度数の眼内レンズを選び,手術をします。遠くは裸眼では見えませんので,術後に眼鏡(近視の眼鏡と同じです)を作って,遠方にピントを合わせるようにします。
近くを見たいといっても,スマートフォンとコンピュータでは距離が違いますし,また患者さんによっては楽譜をハッキリ見たいとか,裁縫の時に手元をしっかり見たいというような方もおられます。手術前に,ご自身の希望をお伝え下さい。それに応じて眼内レンズの度数を調整します。
また,遠くをハッキリ見たいといっても,車の運転と,3m先のテレビでは距離が違ってきます。やはりご自分の希望を手術前に決め,主治医にお伝え頂くことが大事です。
6.多焦点眼内レンズ
多焦点眼内レンズでは,外から眼に入ってきた光をいくつかの距離に振り分けることによって,遠方,中間,近方など複数の箇所にピントが合うようになっています(図4)。遠方というのは概ね5mより遠く,中間というのは約60cm~1m,近方というのは約30~50cmの距離のことをいいます。
いくつかの種類の多焦点眼内レンズがあり,2焦点,3焦点,連続焦点,焦点深度拡張型などと呼ばれています.2焦点型にも,遠方と近方にピントが合うものと,遠方と中間距離にピントが合うものがあります。
また,多焦点の機構(光を振り分けるメカニズム)によって,屈折型と回折型に分けられます(図5)。
多焦点眼内レンズは,白内障手術後にあまり眼鏡を使いたくない方,眼鏡を掛けたり外したりしたくない方に向いています。ただし,手術後に全員で眼鏡が必要なくなるわけではなく,約9割の方が眼鏡無しで生活されています。
このレンズには欠点もあります。単焦点眼内レンズが一箇所に焦点を合わせているのに対して,多焦点眼内レンズは複数箇所に光を振り分けますので,見え方のシャープさが少し劣ります。とくに,暗いところでくっきり感がやや落ちます。また,暗い場所でライトを見ると,光の輪やまぶしさを感じることもあります。夜間の車の運転には注意が必要です。一般に,多焦点眼内レンズの見え方に慣れるまでに,手術後,しばらく時間がかかるといわれています。
多焦点眼内レンズは誰にでも合うわけではありません。白内障以外の病気,例えば緑内障や網膜の病気がある方は,多焦点眼内レンズの適応になりません。また,非常に細かいものを見るような職業の方にも向いていません。しっかり検査を受けて,主治医とよく相談して下さい。
多焦点眼内レンズは選定療養という枠組みで使われており,費用の一部を患者さん本人に自費分として負担して頂く必要があります。
7.乱視矯正眼内レンズ
乱視を矯正する機能を持ったレンズで,トーリック眼内レンズといいます.単焦点のトーリック眼内レンズと,多焦点のトーリック眼内レンズがあります。
トーリック眼内レンズで乱視を矯正することによって,手術後の裸眼視力が良くなります。このレンズは健康保険でカバーされます。
(筑波大学医学医療系 眼科教授 大鹿 哲郎)
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