人工膵臓

1)人工膵臓とは

 人工膵臓は膵臓の機能、特に内分泌機能の代替を自律的に行ってくれる装置のことです。膵臓には摂取した食物を酵素などによって消化(栄養を吸収できる状態になるまで小さく分解)するための外分泌機能と、血糖値をコントロールする内分泌機能に大きく分類できます。内分泌機能の中でも血糖値を下げる作用は非常に重要ですが、その作用を行ってくれるのがインスリンと呼ばれるホルモンです。膵臓はインスリンを適切なタイミングで、体にとって適切な量を分泌して、血糖値を一定の幅でコントロールしてくれています。この働きを自律的に代替してくれるのが人工膵臓です。
 高血糖の状態が持続し糖尿病になると、時に糖尿病網膜症(失明に至る病気)、糖尿病腎症(透析に至る病気)などを発症します。また、短時間でも極端な高血糖は様々な臓器の機能障害につながることがわかっています。
 このようなことから人工膵臓を使用する主な目的は2つに分類できます。一つは日常生活の中で血糖コントロールを行い糖尿病合併症の予防をすることです。もう一つはあまり知られていませんが、手術や重症疾患など血糖値が上昇しやすい状況にある患者さんに人工膵臓を用いることで入院中の治療成績を改善することです。
 目的に応じた人工膵臓が開発されており日本ではベッドサイド型人工膵臓と携帯型インスリン注入ポンプを使用することができます。

2)人工膵臓のメリット

 人工膵臓は糖尿病治療の一助になる装置です。そのため、糖尿病について知る必要があります。
 人の生体において血糖値を下げる働きのある唯一のホルモンがインスリンです。インスリンが十分に働かなくなることが原因となり血糖値が上昇してしまう病気が糖尿病です。糖尿病は生活習慣などの環境要因が原因で発症する2型と、自己免疫やウイルス感染が関与する1型に分類されます。
 1型糖尿病は何らかの原因で膵臓のインスリンを分泌するβ細胞が破壊されてインスリン分泌が低下することで発症します。2型糖尿病はインスリン自体が十分に分泌されているにも関わらず、インスリンがうまく作用せずに血糖値が上昇することで発症します。このインスリンがうまく作用しない状態をインスリン抵抗性といいます。食事の不摂生や、運動不足などの生活習慣による肥満やメタボリックシンドローム状態がインスリン抵抗性をきたします。2型糖尿病の中にはインスリン抵抗性に加えて、インスリン分泌低下を合併している状態の方もいます。
 1型糖尿病ではインスリン絶対量が不足しているため、インスリン補充による治療が必要です。また、2型糖尿病患者でも外科周術期や急病時に血糖値が不安定化し重篤な高血糖をきたすことがあります。このような高血糖緊急状態にはインスリン治療が必要ですが、皮下注射のインスリン製剤は0.5単位ごとの調整となり、十分な効果が得られる量の判断が難しく、繰り返し投与することにより急激な低血糖をもたらすことがあります。
 これらの問題に対して人工膵臓は実際の血糖値とその変動状態を確認しながら、連続的に投与量を微調整していくことが可能であり、低血糖などのリスクを低減することが知られています。これまでの研究でも従来の治療に比べて、外来患者さんに対する人工膵臓を用いた治療でHbA1cが低下した報告や周術期患者さんに対する人工膵臓を用いた血糖管理で平均血糖値がより安定したことが報告されています。

3)ベッドサイド型人工膵臓とは

図1

 日機装株式会社の「STG-55」(図1)は持続的に静脈血採血(採血量は1時間に2ml以下)を行い、グルコースセンサーがリアルタイムに血糖値を測定することができます。さらにあらかじめ設定した血糖値よりも上昇(低下)すると、測定された血糖値を基に、内蔵されている計算式(アルゴリズム)により必要なインスリン量・グルコース量を演算し、それぞれのポンプで自動的にインスリン(グルコース)を静脈に注入して設定内に自律的に血糖値を是正してくれます。このように人の介在なく完結する方式をclosed loop Systemと呼んでいます。このため、STG-55では従来の血糖管理法と比べて、頻回な採血やインスリン皮下注射(あるいは投与速度の変更)が不要です。

適応患者

 適応患者さんは、外科周術期や1型・Ⅱ型糖尿病患者だけでなく、重症感染症を伴う緊急手術、移植医療、救急現場における有効な重症感染症対策として急性期医療現場にもその適応が拡大されています(表1)

表1 人工膵臓を用いた血糖管理の適応例
糖尿病患者の手術・救急医療
血糖管理が困難なことが予想される外科周術期
(肝臓切除 膵臓切除 食道切除 心臓外科 など)
敗血症などの重症疾患
急性汎発性腹膜炎、重症急性膵炎などの重症感染症を伴う緊急手術
移植医療

4)携帯型人工膵臓

 携帯型人工膵臓は、日常生活の中で携帯して血糖コントロールを補助(または代替)してくれる装置で、大きく分けて3つの種類に分けられます。

①インスリンポンプ療法

 インスリンポンプ療法とは、小型のインスリンポンプと注入回路をお腹やお尻などに装着することによって、いつでも簡単にインスリンを注入できるという治療法です。この治療のことを持続皮下インスリン注入療法(CSII療法:Continuous Subcutaneous Insulin Infusion)とも言います。基礎インスリンの投与の他に、必要に応じて投与量の変更や注入のタイミングも簡単に調整することが可能です。2~3日に1回針を刺し、ポンプを装着すれば、投与毎に針を刺す必要はありません。また、スポーツや入浴時などもポンプを外す必要がないため、患者さんの痛みや手間を軽減することができます。
 適応患者としては、自己注射によるインスリン投与では良好な血糖コントロールが得られない方や、より厳格な血糖管理が必要な場合な方に用いられます。(表2)

表2 インスリンポンプ療法に適した症例
重症低血糖/無自覚性低血糖症
血糖コントロールが難しい
(通常のインスリン療法ではHbA1cが改善しない>8.4%)
暁現象(早朝の高血糖)
小児
将来的に妊娠を望む/妊娠計画中/妊娠中
よく運動する人

 現在、日本国内には数種類のインスリンポンプが流通していますが、これらは、ベッドサイド型人工膵臓の原理とは少し異なります。インスリンポンプはあくまで、インスリンを投与することのみを目的としており、ご自宅で患者さんが使用されることを想定して作られています。

メドトロニック社製
ミニメド770Gインスリンポンプ
テルモ社製 メディセーフウィズ
テルモ株式会社ホームページより

②持続血糖測定

 持続血糖測定(CGM:Continuous Glucose Monitoring)とは、腕やお腹にグルコース濃度(糖の濃度)を測定するセンサを装着し、持続的に血糖値の推移を見るという治療法です。この機械は、直接血液を採取して血糖値を測定しているわけではなく、皮膚のすぐ下にある「間質液」という液体から、グルコース濃度を測定し、疑似的に血糖値を予測しています。
 様々な種類の製品があり、一度装着すると1~2週間までの連続測定が可能で、センサに測定器を近づけることで数値が確認出来るタイプや、連続的にデータを送信してくれるタイプなどがあります。また、低血糖時にアラートを鳴らすような機能を持っている製品もあります。

アボット社製 FreeStyleリブレ
テルモ社製 Dexcom G6 CGMシステム
テルモ株式会社ホームページより

 現在では、インスリンポンプと持続血糖測定を組み合わせて、必要に応じて血糖値の変化を確認しながら、安全にインスリン投与を行う事が可能となりました。ただし、機械がそれぞれ独立しているため、投与量の増減には、必ず人の目で血糖の変化を確認して、手動で設定を変更するという操作が必要となります。

1-3 SAP療法

 SAP療法(SAP:Sensor Augmented Pump)は、インスリンポンプ療法と持続血糖測定の治療を、個々ではなく連動して行ってくれる治療法になります。
 2022年9月時点において本邦で使用できる、SAP療法の製品はメドトロニック社のミニメド770Gのみとなります。センサにて測定したグルコース濃度を用い、血糖の変化を予測して、低血糖が予想される場合はインスリンの投与を中止し、必要に応じて再開するなどの機能を持っています。ただ、食事などの血糖値の急激な変化へは対応できないため、その際にはボーラス投与(手動投与)必要となります。
 このことから、ベッドサイド型人工膵臓が、機械のみで完結する「closed loop type」と呼ばれるのに対し、人の手を加えるため「closed loop type」+「人の手入力」=「hybrid closed loop type」と呼ばれています。

メドトロニック社製 ミニメド770Gシステム

 以上、3つの治療法が携帯型で膵臓の役割を代行してくれる機械となります。
それぞれの機器に特徴や注意点などがあるため、使用方法について理解した上で、適切に使用することが重要となります。

5)開発の将来展望

 血糖管理でお困りの患者さんのために、より便利で安全な人工膵臓の開発のために日々研究が行われています。
 近年では貼るだけで血糖管理の補助ができる非機械型でタンパク質を含まない装置が研究されています。その原理は、糖と結合したり離れたりする化学物質を応用して、血糖値に応じたインスリンの放出をコントロールする仕組みです。特殊な光を利用して体に針を刺さずに血糖値を測定する特殊なセンサの開発も進行しています。
 今後より研究が進むことで、ベッドサイド型人工膵臓の特徴である正確な血糖値管理と携帯型人工膵臓装置の優れた携帯性の両方を兼ね備えた人工膵臓が開発されることが期待されています。

このページの内容には万全を期しておりますがその内容を保証するものではありません。
このぺージは情報提供を目的としておりますが最終判断は自己責任でお願いします。
このページの内容によって生じたいかなる損害も日本人工臓器学会では負いかねます。

一般の皆様へ

会員ページ 会員ページ
Member’s login

書籍・DVD・テキスト 書籍・DVD・
テキスト
Books, DVD & TEXT

リレーエッセイ リレーエッセイ
Relay essay

プロモーション映像

一般社団法人
日本人工臓器学会

〒112-0012
東京都文京区大塚5-3-13
D's VARIE 新大塚ビル4F
一般社団法人 学会支援機構内

TEL:03-5981-6011
FAX:03-5981-6012

jsao@asas-mail.jp