人工血管

 世界で初めて人工物を縫いつけることによって、血管の代わりにする動物実験に成功したのはVoorheesらで、1952年のことです。人工の血管(人工血管)は成人では主に病的な生体血管を取り替え、バイパスあるいはシャントするために、小児では主にシャントあるいは再建するために用いられます。人工血管は内腔を血液が通り、形は管状で単純ですが、作るときには、使いやすさ、血栓でつまらないこと、生体に適していること、長く機能すること、安全に使えること等の重要な因子を考慮しなくてはなりません。

 人工血管が備えるべき条件としては以下の項目があげられます。

  1. 宿主との生体適合性が良く、毒性、発ガン性、抗原性がない。
  2. 生体内で劣化しにくく、丈夫である。
  3. 感染に抵抗性である。
  4. 滅菌と保存が容易である。
  5. 種々のサイズのグラフトがそろっている。
  6. 操作性が良い。
  7. 対処できないほどの血液の漏れが人工血管からない。
  8. 無血栓性である。
  9. 値段が高すぎない。

 市販されている人工血管は材質、構造と性質により分類することができます。現在の人工血管を材料で分類すると、(1)布製、(2)PTFE製、(3)生体材料製、(4)合成高分子材料製、あるいは人工素材と生体材料を組み合わせた(5)ハイブリッドのものもあります。将来、日常的に使われる可能性のある人工血管の種類としては(6)組織工学を用いた人工血管、(7)機能を持つ人工血管、(8)再生血管があります。また、まだ臨床には使われていませんが(9)培養人工血管、(10)遺伝子導入した人工血管の研究もさかんに行われています。

 最近では、ステントグラフトとよばれる人工血管に金属の支えのついたものを畳んで、カテーテルを使って動脈瘤の病変部に入れて治療するといった使い方をすることもあります。

人工血管の種類

1) 材料による分類

布製人工血管:ー般的に『布製』といえば化学繊維のポリエステルでできています。織り方ではメリヤス編み(ニット、knit)と平織り(woven)の2種類が基本です。人工血管の性質は繊維の構造と密度により異なります。血管の繊維の隙間から血液が漏れるため、患者さんの血液で目詰まりさせて使います。繊維の隙間をコラーゲンやゼラチンで詰め、手術中は血液が漏れないようにした製品があります。血液の流量の多い大動脈に用いるので、耐圧性、止血性に優れなくてはなりません。人工血管が折れ曲がらないように皺をつけまるが、この皺のことをクリンプ(crimp)と呼びます。

PTFE製人工血管:撥水性材料であるpolytetrafluoroethylene(ポリ四フツ化エチレン、PTFE, テフロン)を筒状にし、急速に引き延ばし(expand)て、無数の亀裂を生じさせることによりePTFEを作成します。静脈再建、チアノーゼ性心疾患におけるシャント手術、慢性腎不全患者の透析治療用内シャント術、また下肢末梢動脈再建手術などに用います。

生体材料由来の人工血管:ヒトあるいは動物の血管をアルコール、グルタールアルデヒドなどで化学的に処理して抗原性を低下させることにより人工血管(代用血管)として用いることができます。臨床に使用すると、血栓で詰まりやすく、劣化しやすい欠点があるといわれています。

合成高分子材料製人工血管:内面に血栓を付着させない性質を持つ人工血管は、生体の内皮細胞も付着させ難い性質です。長期間開存させておくには人工血管と生体との移行部(吻合部)における生体側から伸びてくるパンヌスの安定性が重要です。

ハイブリッド人工血管:ハイブリッドとは、その構成において材料もしくは構造の違うものの組み合わせによることをいい、人工素材と生体素材が混成されて作られている人工血管をハイブリッド人工血管といいます。生体素材とは生体細胞、生体組織由来物質、血漿成分由来物質等を意味し、ハイブリッド人工血管の中には昔からある結合組織管の他に、組織工学を用いた人工血管が含まれます。

結合組織管:心棒をいれた繊維性管状物を皮下に数週間植え込み、自己の結合組織が管状物の繊維間隙に侵入するようにデザインした人工血管です。Sparksが開発したのが有名です。術野にて短時間で作成する結合組織管として、自家組織片播種型人工血管が開発され、臨床応用されました。

2) サイズによる人工血管の分類

 胸腹部大動脈用の大口径(内径10mm以上)は布製が主流です。下肢、頸部、腋窩領域における動脈再建、特に大腿膝窩動脈の中口径(内径6、8mm)には布製及びePTFE製人工血管が多く使用されています。臨床での、中、大口径人工血管の成績に関してはほぼ満足できる状況にありますが、小口径(内径6mm未満)ではいまだに自己の血管より優れるものは開発されていません。

3) 最近話題の人工血管

ステントグラフト:ステントグラフトは,1991年にParodiが腹部大動脈瘤の治療に用いて以来,低侵襲治療法として注目されています。血管の瘤、閉塞および外傷といった病変の治療に用いられ、手術中に術野で入れる以外はX線透視下に用います。この方法は適応を選べば有用ですが、問題点として(1)治療後に漏れが残ることがある、(2)留置した後の瘤の拡大あるいは破裂に関する予後が不明、(3)肋間動脈再建ができない等があげられます。米国FDAのPublic Health Notificationとして2001年4月27日に”Problems with endovascular grafts for treatment of abdominal aortic aneurysm (AAA)”において問題点が示されています(http://www.fda.gov/cdrh/safety.htm)。

 

組織工学を用いた人工血管

 組織工学を用いた人工血管の種類はいろいろあります。これからもっと増えるでしょう。
患者の内皮細胞で内面を覆った人工血管(a)
患者の細胞・組織を人工血管に播いた人工血管(b)、(c)
患者の細胞を培養して作った人工血管(d)、培養するときに物理的刺激を加えた人工血管(e)

a) Cell seeding

 内皮細胞を人工血管の内面に被覆することにより抗血栓性を賦与すれば、小口径人工血管の開存成績を向上させることができると考えました。1978年Herringらはイヌの静脈から採取した内皮細胞を人工血管に播種しました(seeding)。術野で採取した内皮細胞を播種(one-stage)するのに比べて、採取した細胞をin vitroで培養し、植え込み時には人工血管内面が内皮細胞で被覆されているように改良が加えられました(two-stage)。

b) 内因性サイトカイン活性型人工血管

 人工血管壁に『細胞、サイトカイン、細胞外マトリックス』の3要素を導入することにより体内における治癒を促進させることができます。自家の脂肪、静脈、皮下結合組織、大網などの組織を細切し、布製人工血管に播種しました。この方法は組織に存在する多種類の細胞群及び細胞外マトリックスを生物活性と構成状態を保存したまま細分割して人工血管に移植する方法として理解できます。植え込み後2週間以内では人工血管壁内で分裂及び遊走している細胞は免疫組織学的にbasic fibroblast growth factor (bFGF, 線維芽細胞増殖因子)が陽性に染色されました。

c) 機能する人工血管

 細胞がさまざまに分裂、変化する前の「骨髄幹細胞」を人工血管に注入してから、移植する方法が開発されました。実験的に骨髄組織を人工血管に注入し、犬に移植したところ約1か月後には人工血管の内壁がすき間無く内皮細胞で覆われ、しかも造血機能をもちました。すなわち機能する人工血管となりました。

d) 再生血管

 吸収性ポリマーが体の中で徐々に吸収されるという性質を利用しました。患者さんの細胞をあらかじめ採取して吸収性ポリマー製の足場(scaffolds)の上で培養し、これを人工血管として用いました。遠隔期には患者さん(宿主)の細胞が細胞外マトリックスを作り、新しい血管壁が構築されるようにデザインしました。患者さん自身の細胞を使ったので拒絶反応はなく、成長に合わせて大きくなることが期待されています。2000年5月には日本にて臨床応用が開始されました。

e) 培養人工血管

 ヒト由来の材料を用いて、内膜、中膜、および外膜といった組織学的三層構造を持ち、正常な動脈に近い人工血管が体外で作られました。血管壁の構成因子を細胞レベルから人工的に組み立てることは、時間と費用がかかりますが技術的には可能です。

遺伝子導入した人工血管

 人工血管は遺伝子治療のための細胞移植の場を提供することが可能です。遺伝子導入には目的、機能、手段、効果持続期間といったデザインが重要です。内皮細胞に組み込む機能としては動脈硬化の予防、抗血栓性、内皮の増殖を抑制、血管拡張作用を目的として遺伝子を選ぶことができます。

終わりに

 人工血管の歴史は臨床的には1950年代から始まりやっと50年経過したにすぎません。人工血管は多くの人命を救ってきた実績がありますが、最先端の技術を用いた人人に優しい人工血管が期待されています。

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