人工肺

人工臓器とは臓器機能を人工物にて代行するもので、体内などに埋め込まれて半永久的に使われるものもがあるが、人工肺のような人工臓器は生体肺の機能の一部を一時的に代行する目的で使用されている。生体肺の機能には血液に酸素を付与して、二酸化炭素を取り除くことが主なものであるがその他にもいくつかの機能がある。現在、一般的に人工肺と呼ばれているものは心臓手術の際にガス交換のみを行うものとして使われている。心臓疾患においては、生まれつき心臓の右心室と左心室を隔てる壁に孔が開いている疾患(心室中隔欠損症)、心臓の弁が機能しなくなった疾患、心臓に血液を流す血管(冠動脈)が狭窄したり閉塞した疾患(狭心症、心筋梗塞)などがあり、このような疾患において孔を閉鎖したり、弁を交換したり、他の血管でバイパスする必要な場合があり、心臓に直接外科的処置として手術が行われている。このような手術では、心臓に流れている血液を遮断して、血液が処置の妨げにならないようにする必要がある。

血液の循環は心臓の拍動により行われるが、心臓の左心室で拍出された血液は動脈から全身の組織へと流れる。それぞれの臓器組織において血液は酸素を供給し、二酸化炭素を取り込むことによりガス交換が行われる。ガス交換された血液は静脈に送り出され、心臓の右心房へと戻る。右心房から右心室へ流れた血液は肺へ拍出され、肺で二酸化炭素を排出し、酸素を取り込むガス交換が行われる。肺から左心房へ流れた血液は左心室へと戻り、再び循環する。このような循環で1分間あたり5000~6000ml(成人の場合)の血液が循環している。

先の述べた心臓外科手術を行う場合、本来であれば心臓に流れている血液のみを遮断すれば手術が可能である。しかしながら、心臓のみを遮断する場合は心臓付近の4ヶ所にカニューレと呼ばれる管を取り付ける必要があり、煩雑な操作となる。また、そのようなカニューレがあることにより手術そのものの妨げになる。よって、大静脈に戻ってきた血液をカニューレより取り出し(脱血)、心臓と肺の代行を行う人工心肺装置を循環して大動脈に送り返す(送血)ことにより手術が行われている。このような操作は体外循環と呼ばれ、人工肺により血液に酸素が添加され、二酸化炭素が除去されることにより全身組織の代謝が維持できることになる。体外循環が行われるのは手術中で平均2時間程度の数時間である。

体外循環の血液の流れは、上大静脈、下大静脈にそれぞれ挿入された脱血カニューレと呼ばれる2本の管(場合によっては1本)より体外へ取り出され、チューブの中を流れて、リザーバーと呼ばれる槽に一旦貯められる。脱血カニューレとリザーバーの間には血液の濃度や酸素の濃度をモニターするセンサーなどが付けらていることが多い。リザーバーに貯まった血液を遠心ポンプ、ローラーポンプと呼ばれるポンプ(心臓の役割を果たす)により人工肺まで送り込まれる。人工肺はガス交換を行うとともに血液の温度を変える熱交換器と呼ばれえるものがある。心臓手術では臓器組織の代謝を下げるために体温を下げて行われることが多い。全身の体温を30度位にまで下げると通常の5~6割程度の代謝量となり、それだけ酸素を供給する必要がなくなる。熱交換は金属などを介して温水や冷水を流して行われる。人工肺で酸素と二酸化炭素のガス交換が行われた後、送血カニューレから大動脈に戻される。人工肺と送血カニューレの間には動脈フィルターと呼ばれるものが組み込まれ、血液中の異物を取り除くためのものである。異物とは、血液が固まってしまった血栓や混入した気泡などである。動脈に戻った血液は全身への組織へ酸素を供給し、再度、体外循環となる。体外循環で1分間あたり4000ml(成人の場合)の血液が流れている。心臓に外科的処置をしている間は心臓からも出血が起こり、この血液が手術操作の妨げになるとともに血液を無駄にしないために回収操作が行われる。ローラーポンプにより吸引して、フィルターで濾過し、リザーバーに戻される。また、拍動を停止した心臓組織にダメージを与えないため、温度を下げ、薬を投与するために心臓に心筋保護液と呼ばれるものが心臓に循環されている。この体外循環装置の血液の流れるところにはあらかじめ液で充たしておく(プライミング操作)必要がある。プライミング液は1000ml以上(成人の場合)になり、血液などが使われることもあるが主に代用血漿と呼ばれる薬が使われる。つまり血液が希釈された状態で体外循環が行われる。この希釈された血液を濃縮するためにヘモコンセントレーターというものも使われている。

このような人工肺を用いた心臓外科手術は1953年に米国のギボンによって世界で初めて行われ、心房中隔欠損症と呼ばれる心臓の右心房と左心房を隔てる壁に孔の開いた疾患を治療するために手術が行われた。日本においては1956年に初めて心臓手術が行われた。心臓外科手術は1960年代より世界中で行われるようになり、現在では年間で100万症例以上の手術が行われている。この期間、心臓手術の変遷とともに人工肺も様々な変化をしてきた。初期の人工肺は血液の中に酸素の泡を流したりして直接的な接触により酸素と二酸化炭素のガス交換が行われた。しかしながら、このような人工肺は血液に対するダメージが大きかったため手術後の合併症が起こり易いなどの問題があった。その後、より生体の肺に近い機構である膜を介してガス交換を行う人工肺が研究され、1980年代からは中空糸膜を用いた人工肺が広く使われるようになった。この人工肺の膜は内外径が0.2~0.3mm程度のストロー状のもので多数の微細孔を有したものである。血液が中空糸の内側を流れ、ガスが外側を流れることにより膜を介して酸素と二酸化炭酸が移動するが、この微細孔は血液が通過することなくガスのみを通過させることにより安定したガス交換が行われる。現在もこのような中空糸膜を用いた人工肺が多く使用されているが、より効果的なガス交換を行うために中空糸の外側を流れるものへと変わっている。

人工肺の膜素材は主にポリプロピレンなどの材料が用いられているが、血液がこのようなものに接触すると生体反応として血液が固まってしまうという問題が起こる。このような血液凝固を回避するためにヘパリンと呼ばれる薬剤などを投与することにより体外循環が可能になっている。しかしながら、血液凝固が起こらない状態であっても血液にとって異物である人工材料は生体防御反応としていくつかの問題を惹き起こしているのが現状である。血液が接触する人工臓器の全てがこのような問題に直面しており、この問題を解決するために多くの研究が行われてきた。そのひとつの解決策として人工肺表面にに生体適合性材料をコーティングする技術がある。現在、そのような技術が臨床で使用され、治療効果を高めている。今後も心臓疾患治療の進歩とともに人工臓器の研究開発が進むものと思われる。

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