リレーエッセイ
2024.12.20
第15回:人工心臓の技術開発と薬事承認
作者プロフィール
氏名:山根隆志
所属:神戸大学 客員教授
連続流補助人工心臓には遠心ポンプと軸流ポンプがあることは周知のとおりである。優劣つけがたいが、小型化には軸流が適しているものの、溶血特性には差があることがわかってきた。軸流型も遠心型も羽根先端速度が7m/s以下ならば溶血は同程度だが、軸流は羽根先端速度が7m/s以上で溶血が急増する傾向がある[1]。これは穴井博文先生が「軸流では10,000rpm以下であれば溶血しない」と提唱されたことに対応していると思われる[2]。神戸大の研究では、羽根先端せん断速度が105s-1以下であれば溶血しないという溶血防止法にも対応すると思われる。これが軸流でvon Willebrand症が問題になることの一因かとも推定され、今は軸流型よりも高回転で安定感のある遠心型の方が普及している。
しかしながら遠心型でもいくつか製造中止になったものがあり、原因を考えてみよう。T社の植え込み人工心臓は世界初の磁気浮上遠心ポンプであったが重量がかさみ、新しい小型軽量ポンプを提案して他社に移管したが、他社でも製品化の判断が出ず、製造中止の判断をしている。しかし他国で類似品が製品化されているのは皮肉なものである。M社の遠心植え込み人工心臓は世界初の動圧浮上ポンプ(磁気ハイブリッド)であったが、まれにインペラ底面がケーシングから浮上しない問題が生じた。インペラ形状に新しいアイデアを加えてもよかったが、製造中止の判断をしている。
このように、まだ次期製品にふさわしい技術が手元にあるにもかかわらず、途中で製品化を断念した例は、技術者にとって残念な例である。他社が技術を引き継ぐことも考えられるが、流体設計、溶血低減、血栓防止と開発を進めながら、競合他社の中で治験を初めからやり直しとなれば負担も大きくやむを得ないであろう。
かつてわが国では2006年に海外製の拍動植え込み型人工心臓の日本撤退という悲劇に見舞われ、患者に人工心臓が提供できない状況が生じ、規制緩和が必要で、かつ国産機開発が必要であるといわれた。しかし国産植え込み型人工心臓は2004年から臨床試験が始まっていたが、当時の日本にはこれを承認する行政的方法がなかった。そこで人工臓器学会の専門家の協力を得て、私どもが事務局となって、人工心臓の開発ガイドラインと臨床評価指標を定めた。こうしてようやく行政の体制も整い、2010年に国産植え込み人工心臓の初の国内承認が実現したことは歴史的出来事であった。
話は変わるが、私が産総研で企業から相談を受けて開発にかかわった体外循環用モノピボット式遠心ポンプは、現在、国内年間2万台強が使用されており、不良品による問題が起きないことが何よりの安心である。ポンプの薬事承認は6時間についてのみであったが、藤原立樹先生によれば、ポンプを外せない患者の場合、連続2年間以上使用したこと[3]が報告されている。大学研究機関が研究協力した例は数々あり、アーヘン大学のポンプカテーテルや国立循環器病研究センターのECMOなどいずれも企業製品につながっており、企業や医療機関の現場のアイデアが大切であるとの印象である。医療の進歩には新しい技術アイデアと新しい製造技術が必須であり、心不全患者のためにも我が国で人工心臓開発を強化してほしいものである。
[1] T Yamane, D Sakota, R Kosaka, O Maruyama, M Nishida, H Tanaka. Comparison of hemolysis between a centrifugal pump and an axial-flow pump, ISMCS 2019 Bologna.
[2] 穴井博文:第14回リレーエッセイ:人工臓器開発に生きるものづくりの魂
[3] 藤原立樹:左心補助として856日使用したメラ遠心ポンプの解析、日本定常流ポンプ研究会学術集会2021、p.14