リレーエッセイ

2023.07.28

第10回:人工心臓で生きる

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作者プロフィール
氏名:久保田香
所属:大阪大学医学部附属病院 移植医療部

 今や植込型VADが主流で、家に帰れることが当然の時代。某動画配信サイトでは、バッテリー交換や自己消毒の様子が流れている。中には人工心臓をつけて○○してみた。というような動画もあり、その様子たるや『本当にVADを装着しているの?』と疑いさえ抱く。日本でもDTが保険収載され「VADで生きる」時代が始まった。「VADで生きる」この肌感覚を早く受け入れる必要がある。 2003年に出会ったその物体は、非常に衝撃的なものだった。お腹からでる太い2本の管は心臓に縫着されているという。それは血液が充満した血液ポンプなるものと繋がっていた。真っ赤なその物体は常に一定の音を響かせ、身体に振動を与え続けた。「パッコン、パッコン、パッコン」。その中に時々見える物質を懐中電灯で確認するためにMyLEDを購入した。病室の窓から見える景色は病院の壁で、その空間だけが時間が止まっているかのようだ。テレビを見るか、ゲームをするか漫画を読むか寝るか、気の遠くなる時間をそうして過していた。確かに心不全の症状を改善し、リハビリが出来るまでになるものの、お世辞にも良いとは言えない成績で、当時移植に到達するのはわずか1割だった。

 年が明け、ショルダーバッグにコントローラーとバッテリーを入れて家に帰ることが出来るという。大きな音と振動は変わらない。エレベーター内では怪しまれ映画館には行けないが、慣れれば眠剤になるという。機械の取り扱い説明を受け、消毒やシャワー浴、外出や外泊トレーニングを受けて退院となった。こんなことやあんなことが出来た、一緒に喜んだ。だがそんな生活は2年もせずに終わった。その後5年も続く『暗黒時代』がやってきた。病棟の個室が埋まり、部屋からは「パッコン、パッコン、パッコン」。廊下で座談会が行われる。来る日も来る日も中腰で鏡とにらめっこだった。色んな事を試した。病棟を出てエレベーターに乗ってみる。バタン!!エレベーターが緊急停止するのではないかという衝撃があった。コンビニで買い物をする。「ピーピーピー」送気球の出番だ。そんな時、画期的なやつがお目見えした。バッテリー交換で数時間移動できる。春のお花見は毎年の恒例行事となった。笑顔が溢れた。やはり外はいい。

 2011年永遠にも思えた闇が明ける。Made in JAPANだ。太い管は1本になり、赤黒いポンプはどこにも見えない。MyLEDは不要だ。代わりに水が必要だった。コントローラーはキャリーカートに乗せられた。見た目は通勤バッグのそいつは「電車に乗ると蹴られるんだよ」それが心臓部分だとは誰にも分かるまい。脈のないそいつは聞き慣れた音がしない。「ウィーン」という異次元のそいつは磁気で浮く?どういうことだ!?日本人の繊細さと生真面目さが生み出した緻密なそいつらは、優秀だが私の眠りを妨げた。ベッドの頭元にはアラーム表が貼られた。起きがけには難題だった。「アラームコードは?ん~今から病院に来て…」車のキー…。

 2013年そいつは単2電池サイズでお腹に機械が入らない。初めからご飯が食べられた。

 同じ年、当時主役の座を独り占めしたそいつもやってきた。コントローラーにモニターがないそいつはそれまで緻密なプログラムに慣れ親しんだ私には馴染まない。電話が鳴る「ピッて鳴った」「ん~大丈夫だと思うけど、分からないからとりあえず病院に来て」。緊急コールには一瞬で目が覚める連絡も入る。救急隊との電話も少なくない。昨日まで元気だったのに。10年でいつしか脳外科の先生と顔見知りになっていた。

 「移植までの橋渡し」であるVAD。何としてでも移植に到達させる。これが自分たちの請け負った使命かのように、必死に治療する。とことんやる。危険な事は禁止、あれもこれもダメ。私が「一番厳しい。」とよく言われたものだ。病院の近くに住むのが当たり前、出来なければ諦める。そんな時代だった。

 そんな頃、「日本でもDT」という声が聞こえるようになった。病院のベッドは合併症の再入院で埋まるのでは無いか、まだまだ何も整備されていない「無謀だ」とさえ思った。

 2019年治験も無く始まったアメリカとジャパンの技術と融合で出来た最新機種。今度は何で起こされるのか。予想はいい意味で裏切られた。頭元のポスター焼けを見て思う。電話は手元から離れ、脳外科の先生とはすっかり疎遠になっている。移植にたどり着く確率は格段に上がった。ただ同時に中学生が社会人に、新入社員は中堅になるほど待機期間は延長している。DTでなくとも「VADで生きる」は既に起きている。勉強も仕事もせねばならない。休学や休職期間だけでは賄えない。瞬間だけを輝くものにする関りや、安全のために多くの制限をかけることが果たして正解だろうか。それよりも、新しい命と共に豊かな人生を営むための基盤づくりに介入が必要では無いか。DTならなおさら。DTを選択する時点で、その人生には目的がある。人生を豊かにするための選択だ。MyLEDは災害バッグにしまって、彼らの人生の物語を聞こうと思う。

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