リレーエッセイ

2022.08.18

第8回:温故知新

photo

作者プロフィール
氏名:築谷朋典
所属:国立循環器病研究センター研究所
役職:情報広報委員会担当理事


 2022年から情報・広報委員会の担当理事を仰せつかったこともあり,このエッセイを担当させていただくこととなった。筆者は工学部機械工学科で人工心臓用の遠心ポンプに関する研究を行う機会を得たが,医療機器という人工心臓の前に,ポンプという流体機械の原理を理解することから始める必要があった。機械,と一言ではあまりにも広い範囲がその対象になるが,その基本的な構成要素はある程度限定することができる。例えば歯車は回転運動を伝達する重要な要素であり,機械のアイコンやシンボルマークとしても多く使用されている。機械が初めて爆発的に発展したのはイギリスを中心に始まった産業革命の頃であるとされているが,実は歯車の起源は産業革命よりもはるか前にさかのぼること最近になって学んだ。


 1901年(明治34年),ギリシャのアンティキテラ島近海で発見された沈没船から精巧な歯車が組み合わされた機械の一部らしきものが発見された。驚くべきは,これは紀元前3―1世紀に製作されたことである。その後の調査でこの筐体には合計30もの歯車が精巧に組みあわされて設置されており,太陽と惑星の位置を予測するために開発された,いわば最古のコンピュータであるということが明らかになりつつある1)。歯車を応用した大規模な機械の出現はその後1000年以上の時を必要としており,歯車のような現代の基幹技術が紀元前に既に存在していたことはまさに驚きである。このような「早すぎた発明」は人工臓器の分野にも例を求めることができる。人工心臓の開発は,1957年にKolff, Akutsuらにより心臓を完全に人工のポンプで置換した動物実験の報告2)から始まったとされる解説が多く見られるが,実はそれからさかのぼること20年,第二次世界大戦下のソビエト連邦では人工心臓を使って動物の循環を維持したという実験が報告された。それによれば「1937年末,21歳のデミコフはニキフォロフスキーの研究室で「機械心臓」を独自に製作し,1938年初めに犬のモデルでテストした。1938年5月に,12分間循環が停止した後,この自作装置を犬に移植し,外部電気モーターで作動させた。ポンプによる再灌流後,犬は16分以内に生命の徴候を取り戻した。」ということである3)。人工心臓はAkutsuらの研究からスタートし60年以上の年月にわたる研究の結果,現在多数使用されている植込み型補助人工心臓の実用化につながったことは間違いない。しかしながら,まさにイノベーションといえるこのソビエトでの研究が,もし第二次世界大戦中のソビエト連邦ではなく西側諸国で行われていたならば,人工心臓の実用化はもしかしたら10年以上早まっていたかもしれないとも思う。


 筆者の完全な思い込みだが,この例のように早い時期に発見されていながら,当時の他の技術が未熟であったせいで当時は実用化に至らなかった技術はまだまだ多く存在しているに違いない。筆者が人工臓器学会に入会したころ議論されていた内容を振り返ると,未解決問題が多く残されていることがわかる。実用化には早すぎたかもしれない過去の優れた研究が,続々と押し寄せる新しい技術の海の底に沈んで失われてしまわないように,広い視野を保ちつつゴールである人工臓器の実用化に取り組みたいと思う。


1) 古代ギリシャの天文計算機 アンティキテラの機械. 日経サイエンス2022年5月号.

2) Akutsu T, Kolff WJ. Permanent Substitutes for Valves and Hearts. Transactions of American Society for Artificial Internal Organs: 1958;4(1):230-4.

3) Glyantsev SP, Tchantchaleishvili V, Bockeria LA. Demikhov, “Mechanical Heart”: The Circumstances Surrounding Creation of the World’s First Implantable Total Artificial Heart in 1937. ASAIO Journal. 2016;62(1):106-9.

一般の皆様へ

会員ページ 会員ページ
Member’s login

書籍・DVD・テキスト 書籍・DVD・
テキスト
Books, DVD & TEXT

リレーエッセイ リレーエッセイ
Relay essay

プロモーション映像

一般社団法人
日本人工臓器学会

〒112-0012
東京都文京区大塚5-3-13
D's VARIE 新大塚ビル4F
一般社団法人 学会支援機構内

TEL:03-5981-6011
FAX:03-5981-6012

jsao@asas-mail.jp