リレーエッセイ

2020.10.06

第5回:工学からみた医の持続可能性と展開

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作者プロフィール
氏名:酒井康行
所属:東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻
役職:教授

培養工学から人工臓器・再生医療へ

 私が人工臓器研究に携わるようになったのは,東京大学大学院工学系研究科・博士課程学生および同生産技術研究所の助教として,1990年から肝細胞培養を中心としたバイオ人工肝臓の基礎研究を始めたのがきっかけでした.その後,医学系研究科・当時の第一外科の先生方と,ブタ肝細胞を用いるバイオ人工肝臓システムの開発とその大動物実験に,数年間に渡り携わる機会に恵まれました.バイオ人工肝臓の開発については,残念ながら,異種治療におけるレトロウィルス感染のリスクという新たな問題が生じ,臨床応用にまでは進むことは叶いませんでしたが,代謝臓器を対象とした人工臓器研究のアプローチとそれを支える臨床研究者のパワーと熱意とを,間近で学ぶことが出来ました.

 その後1年間だけ米国に留学し,帰国後に東京大学生産技術研究所に戻りしばらくは,培養臓器モデルの研究を行っていました.その後世の中はiPS細胞の発見もあり,再生医療の多様な研究がスタートし始めました.幸いなことにAMEDの再生医療実現ネットワークプロジェクトのiPS細胞膵島移植治療拠点(当時の東京大学分子細胞生物学研究所・宮島篤教授代表に基礎生物学者から工学者・臨床医までが組織化)に参画する機会を得て,未分化iPS細胞の大量増幅・膵島への分化誘導にも取り組んできました.残念ながら,マーモセット糖尿病モデルへの移植時の炎症・免疫反応が激しく,ヒト臨床への展開がこのままでは見込めないとのことで,数多くの優れた要素技術を確立はできましたが,当初の10年計画は7年終了時点で打ち切りとなってしまいました.

医療の持続可能性と発展は?

 さて,曲がりなりにも細胞のような生ものを扱う人工臓器から再生医療までを見させていただき,研究としては非常に興味深かったのですが,国民医療への貢献という観点に立つと,はたと「自分は何をしてきたのであろうか」.との思いがよぎることがしばしばです.バイオ人工肝臓では,効果も限定的であり,最終的にヒトの高機能細胞を多量に得るために相当のお金がかかることネックとなりました.また,再生医療では,患者1人当たりの膵ベータ細胞をiPS細胞から得るために,培養液のみで数千万円がかかるという現実から,このような治療が我が国で普及するのは相当ハードルが高いことを痛感せざるを得ませんでした.

 我が国の医療費も毎年のごとく史上最高を記録し,肝炎治療薬や各種抗体医薬に象徴される高額医薬品の出現によって,新たな医療の社会的導入のためには,従来の安全性と有効性に加えてコストを考慮せざるを得なくなってきています.そのうち.一定の安全性は当然の前提として,コスト当たりの集団ヘのベネフィットを全面的に判断基準にして新たな治療の導入や既存の治療の見直しを行わねばならない時代が来ることでしょう.

 このように限られた医療リソースの中で,コストの著しい上昇を招かず,健康寿命の延伸やQOLの向上を着実にするための有力な方向としては,個人の特性と状況にあった最適の治療を施していこうとするいわゆるテーラーメード医療への期待は高まります.これも現状で行おうとすると,マルチオミックス解析に高いコストがかかってしまいます.このように最新の技術は現れてからしばらくは非常にコストが高く,一見するととても広く使えない,との結論になってしまいますし,短期的に見ればそれは真実と思います.しかし,歴史的に見れば,いま当たり前のように使用している機械工学・電気工学・応用化学を基礎としたさまざまな診断治療機器・人工臓器でも,出現当初は非常に高価なものでした.

 最新の網羅的鵜解析や細胞治療・再生医療といった現状では極めて高価にならざるを得ない治療においても,研究開発はそれらのコスト低減に必ず繋がるはずですし,そうすべきと思います.特にここから先,医療リソースが限られた状況では,より高い有効性を追求する方向と平行して,効果と安全性が一定でも格段に安価に製作するような研究開発の方向もあるべきと考えています.このような方向の研究開発は,わが国よりもはるかに医療リソースの限られている諸外国に,我が国との医療・治療機器をもって貢献するためにも極めて有効となることでしょう.このような新たな境界条件を工学者と医学者とが十分に認識した上で,新たな共同作業を進めることが,医の持続可能性と発展とに繋がるはずであると考えています.

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