リレーエッセイ

2019.07.04

第4回:人工心臓における成功の鍵は、ちょっとした“遊び”から

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作者プロフィール
氏名:田山栄基
所属:独立行政法人国立病院機構 九州医療センター 心臓血管外科


 現在、植え込み型人工心臓といえば、軸流ポンプや遠心ポンプを基本型とした“連続流(非拍動流)ポンプ”が広く臨床応用され、心移植へのブリッジとしてのみならず、MOFからの離脱や自己心機能回復を期待できる装置として確固たる地位を築いている。今でこそ、連続流型ポンプの有用性を疑う人はいないが、“非拍動流でも生きていける”ことを実証し、“拍動流でなければならないという呪縛”を解き放ったのは、1980年代の故能勢之彦教授の功績に他ならない。


 私は幸いにもその能勢先生の下で人工心臓の開発に携わる事が出来た。1990年中盤のBaylor College of Medicin, Houston米国での経験である。思えば1990年代は世界中で、低溶血かつ抗血栓性に優れた信頼性の高い植込み型人工心臓の研究開発が最も盛んだった時代だったと思う。当時、私はまだ心臓外科医として執刀経験もほとんどなく、人工心臓に関しても薄っぺらな知識しかなかった。しかし、当時の能勢教室では多くの熱きハートをもった日本人医師らが(10人近くも在籍)、NASA(あの、宇宙開発のNASAである)エンジニアらと喧々諤々やりあっているのを、ただただ尊敬と羨望の眼差しで見ていた。


 教室では軸流ポンプと遠心ポンプの2つの植え込み型補助人工心臓の開発が行われていた。Baylor-NASA 軸流ポンプ(後にDeBakey VADと名称変更)とGyro C1-E3 遠心ポンプである。いずれのポンプもマグネットカップリングにより、ピボットベアリング付きのインペラーが高速回転することで血流を生み出す。長期に使用しなくてはならない植え込み型人工心臓の最大の課題は抗血栓性である。他にも、乗り越えねばならない課題は山積するが、抗血栓性は最も難しいテーマであった。連続流型のポンプにおいて、軸周りは血栓がつきやすいため、その素材の選択、デザインはポンプづくりにおいて最大の鬼門だった。


 NASA 軸流pumpの場合は、3つのパーツ(真ん中のインペラーが、前後2つのパーツに挟まれている)の間に、あえてギャップをつくることで大きく抗血栓性を改善した。能勢先生の“血流の淀み、素材の変化、形態上のガップのところに血栓は付きやすくなる。しかし、あえて乱流をつくってみても面白いかもしれないぞ”というアドバイスに基づいてのデザイン変更だった。微妙に異なる設定をEx vivo実験(牛を使って体外設置したポンプを、数週間おきに交換してポンプ内部をチェック)を繰り返すことで、最終的にベストデザインをセレクトしていった。確かに、ギャップの形態、大きさによって血栓は付きやすくも付かなくもなった。NASAでコンピュータでデザインの違いで血流パターンをシミュレーションしてもらっていたが、当時の解析レベルでは、現実の結果とは異なり、コンピュータの限界を感じたものだった。私はそのベストモデルを牛の体内へ植え込み、術後データ収集を担当させてもらっていた。牛とポンプの状況をMichael E.DeBakey先生(当時89歳)に逐次報告にいくのは、動物用ICUに泊まり込みんだりトレッドミルなどで運動させたりすることより、ずっとストレスフルな仕事だった。私の帰国後、DeBakey VADは、連続流ポンプとしては世界初の人への体内植え込み成功例(1998年)となった。


 同時期に開発していたGyroC1-E3遠心ポンプは、Kyoceraとの共同研究だった。Gyro pumpは、いわゆる“コマ(Gyro)”の軸(凸部)をハウジング中心(軸受凹部)で上下挟み込んだダブルピボットベアリング構造をしている。血液流入部を中心からずらす事でインペラー軸をポンプの中心に置くことを可能とし、斜めに配置することでスムーズな血流と体内埋め込みも容易なデザインとした。インペラーの裏側にはごく小さな羽を2枚だけおくことで、インペラ裏側の血流うっ滞を軽減し抗血栓性に貢献させた。さまざまな配慮により、極めて優れた低溶血性と抗血栓性を両立させた。


 しかし、あと一息の工夫・・・それの答えは、ほんの僅かのギャップ(“遊び”)だった。ある日、能勢先生がポンプを耳元で振って、“もうちょっとポンプをゆるく組み立てなさい”との指示。ちょっとカタカタと音のする程度に緩めに組み立てると・・なんと明らかに抗血栓性は改善した! 適切な“遊び”によって、インペラーが小さく揺らいだり、インペラー下の血流停滞しやすい部分の血液の流れが変わったことで血栓ができにくくなったと推察された。さらにGyro pumpインペラーは、低回転だとマグネットカップリングの磁力で下の軸受にしっかりコンタクトし、高回転になると浮力が強くなり上の軸受にしっかりとコンタクトする。適切な“遊び”の状態では、LVAD条件回転時には丁度の上の軸受に当たってはいるが、軽く接しているだけでほぼ浮いた状態となっていることも後に判明した(ベアリング摩耗予防にとっても好ましい)。


 能勢先生の一言により、ポンプに“遊び”ができ、予想以上の好結果を生んでいた。ポンプを振って、ちょっとだけカタカタと音がする程度。能勢先生は“神は細部に宿る。でも、遊びがないと何事もうまくいかんのだよ、田山くん、ガッハッハー。”とパイプをくゆらせながら語っておられた。もの作りの厳しさと、楽しさとを学ばせてもらった。

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1995年

次回のエッセイは、2019年秋頃を予定しております。

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