リレーエッセイ

2025.12.22

第18回:医療機器開発におけるアカデミアの立ち位置:再考

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作者プロフィール
氏名:根本慎太郎
所属:大阪医科薬科大学 医学部 外科学講座胸部外科学


 PMDA石井様からバトンを渡されてしまいました!私は心臓外科医の端くれなのですが人工心臓というロケットのような精密機器の開発研究者ではないので、正直「JSAOの記事?えらいこっちゃ!」の状態です。最近上市に漕ぎ着けた当方の自己組織化心臓・血管修復パッチ(シンフォリウム®)の薬事承認突破で大変お世話になった石井様からのバトンです。何とか次の走者までにこのバトンを繋げればと筆を執りました。以下の文は、薬機法上で医療機器であるシンフォリウム®の開発での限られた経験からの全くの私見ですので、「この野郎!バカ言っているな!」となれば忘れて下さい。


 千差万別の医療機器の開発研究が日々行われている中で、“患者に届く商品として流通”という事業化の成功には“産学官連携”がcornerstoneであることは洋の東西を問わず十分に認識されています。因みに、この連携をAIに尋ねてみると“大学・研究機関(学)の持つ先端技術シーズや研究力と、企業(産)の持つ製品化・事業化ノウハウ、そして政府・自治体(官)の支援(資金・制度・規制緩和)を組み合わせ、基礎研究から臨床応用、製品販売、社会実装までを一貫して加速させるための共創活動”と返って来ました。最近若者の就職先大人気のコンサルから言われる様な模範回答ですが、どこか鼻であしらわれたな、と私は感じてしまいます。そこで、その連携による医療機器開発の成功の鍵をAIにさらに尋ねると“①明確な医療ニーズの特定(ニーズドリブン&目標の共有)、②機動的な連携体制(円滑なマッチングと連携支援、多様な専門分野の融合、国と企業からの資金の組み合わせ)、③薬事規制への早期対応(規制当局との早期からの連携、ガイドラインの活用)、そして④グローバル展開を見据えた戦略(知財管理、国際標準化、海外市場獲得)が不可欠”と具体的に教えてくれました。初めに比べ具体的です!AIは使い方ですね。しかし、本学会員をはじめとする大多数の医療機器開発者にとっては、おそらく“あたり前田のクラッカー(現在も販売中)”と一笑に付されてしまう回答でしょう。しかしながら、開発に関わるアカデミアのどれ位が、AIの言う不可欠な要件に対して逃げずに取り組んでいるのでしょうか?手戻りが多く事業化に至らない理由を企業と国に押し付けていないでしょうか?効率的に時間とカネと労力をかけて事業化(実用化の先)していくためのアカデミアの立ち位置を、ここでは再考してみます。


 私は事業化を“企業が製品として販売し、患者に届く”ことと考えています。医療機器イノベーションのゴールは、“機器が売れて現在の医療レベルを変えて行くこと”であり、ゲスな言い換えでは“機器として売れなければ論文と塩漬け特許で終わる”です。事業化です。その製品に求められるのは、“待っていました”の絶対的臨床ニーズに応えること、かつ保険償還価格、海外販路拡大、そして後続製品展開で開発資金の回収を可能となるマネタイズが見込めること、です。ただし“売っていいよ”との薬事承認を得るためには、その製品の有効性と安全性を証明するヒトでの治験の成功が必要であるため、PMDA(石井様云く、対峙する規制当局ではなく、共に進む仲間)との面談を重ねて実施OKを頂戴する必要が出てきます。その完遂には臨床系医学会からのサポートを予め取り付けておくことも重要です。実際には治験に入る前に、生物学的に安全かつ一定の品質の生産が可能となる製品規格・仕様を確立するために、開発コンセプトの技術・材料への落とし込みを終えておく必要があります。その規格決定のために、滅菌や輸送にも耐えうる技術や材料を使わなければなりません。多くのアカデミアは考えたことも無い現実です。このため闇雲な試作を繰り返すのではなく、“ゴールから逆算するアイディアとシーズの現実的な調整”の始める前での必要性の根拠です。資金面はどうでしょうか?一般的に新しいイノベーティブな製品の開発には少なくても20億円は必要です。このためアカデミアはAMED等からの支援を何とか獲得・活用し、企業には製造・販売体制の確立と人件費への投資に集中してもらうことが必要です。私たちは協力企業と共にこのgoal oriented approachの開発をAIもない10年前に開始し、国と学会の支援を得ながら、シンフォリウム®の上市に漕ぎ着けました。AIの言う要件を知らず知らずに満たして来ました。賢いAIに教えたいことは、アカデミアはシーズというバトンを単純に企業に渡すのではなく、心地よく安全な環境を飛び出して産官学のハブとなり、三者の持ち味、アセット、そして限界の相互理解と調整を促し融合させ、開発のベクトルを太く長くする努力を怠ってはならない、表に出ろ、と。言い出しっぺであるアカデミアには一番の責任があります。アカデミアにとっては伝家の宝刀であるシーズが妥協やダウングレード受けることは不本意ですが、事業化のためにはグッと堪えなければなりません。それが嫌であれば、実用化や事業化を一先ず置いておき、要素技術シーズをひたすら極めれば行けば良いと考えます。


 血栓除去カテーテルで超有名なFogarty医師は“実用化されて患者の人生を変えられないならばイノベーションではない、失敗したアイディアと同じである”と言っていますが、それはあまりにも酷い。何十年も後に世を変えたノーベル賞受賞の技術も少なくないからです。ただ己の開発が、製品となって患者に入っていく場面を死ぬまでに自分自身で目撃したいものです。それが医療機器開発アカデミアの本懐ではないでしょうか?こっちが本気なら、産官も本気で力になってくれます。その目撃の日までもう少し頑張りましょう!

 これでようやくバトンを渡せそうです!乱文にお付き合い下さり有難うございました。

根本慎太郎 拝

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