「人工膵臓」

1.糖尿病とは

 糖尿病とは,インスリンという血液中のブドウ糖濃度(血糖値)を下げるホルモンが不足することにより,血糖値が上昇し,様々な合併症を引き起こす病気である.

 この糖尿病は,紀元前の昔から人類が抱えてきた病気であるが,近年その患者層は子供や青・壮年にまで広がり,その数は日本全国で690万人,これに予備軍を加えると1370万人に達し,患者数の増加と共に慢性合併症が増加し,大きな問題となり今や国民病(生活習慣病)としてその対策が待望されている。

 1921年のバンティングとベストによるインスリン(血液中のブドウ糖濃度,すなわち血糖値を下げるホルモン)の発見は,インスリン注射療法という画期的な治療法をもたらし,今日まで幾千万人もの糖尿病患者の生命を救い,寿命の延長をもたらしたことはいうまでもない。しかし,現在の糖尿病の治療や管理は,まだまだ不十分といわざるを得ない。インスリンの発見,治療への応用により,確かに重症の糖尿病性昏睡による死亡率は激減したが,慢性血管合併症として網膜症による失明や人工透析の必要な腎障害(腎症),さらに心筋梗塞や脳動脈硬化症(脳卒中)による死亡が増加してきた。また,壊疽により足を切断しなければならない悲惨な経過をたどる症例も増えてきている。糖尿病は,全身病として治療や管理の難しさに,今なお多くの問題点を抱えているといわざるを得ない。 

2.人工膵臓

 これら問題となる糖尿病の慢性血管合併症の発症,進展を阻止するためには,一生涯にわたって血糖値を厳格にコントロールする必要がある。そこで,糖尿病患者の失われた膵内分泌能(インスリンを分泌する膵β細胞,グルカゴンを分泌する膵α細胞)を,人工的に機械で作り置き換えてやろうとするものが人工膵臓(図1)といえる。健康人は食事を摂ると血糖値が上昇,膵β細胞からインスリンが分泌され,筋肉,脂肪組織や肝臓に働いてブドウ糖を利用し,その結果として血糖値は下がる。しかし,糖尿病患者は膵β細胞のインスリン分泌が低下しているため,各組織でのブドウ糖が利用できず,血糖値が上昇する。現在の糖尿病治療のためのインスリン注射療法は,不足しているインスリン量を医師の指示に従って自己注射しているにすぎず,血糖コントロールは不充分といわざるをえず,人工膵臓の応用により,はじめて,健常人と同様,生理的な血糖コントロールが可能となった。 

3.ベッドサイド型人工膵臓の臨床応用

 現在,大型コンピュータを応用した大型人工膵臓(第一世代)につづき,ベッドサイド型人工膵臓(第二世代,図2)が開発され,臨床応用が可能となった。2000年度日本人工臓器学会レジストリー委員会の集計によると,これまでにベッドサイド型人工膵臓は13,000例余りの臨床応用例を重ねてきている。しかし,現在の人工膵臓は大型であり,ベッドサイドでしか使えないこと,採血量が1日あたり30?72mlであること,カニューレ挿入部の感染,静脈炎発症の危険性のあること,などから長期応用には問題もあるが,比較的短期間の治療,あるいは検査機器としての応用にはきわめて有用であると結論しうる。これまでに,糖尿病性昏睡や手術時等の血糖コントロール,血糖コントロールが困難な糖尿病患者のインスリン投与量や投与方法を決めるために用いられてきた他,グルコース・クランプ法というインスリン感受性を評価するための検査にも用いられてきた.

4.開発の展望

 人工膵臓開発の所期の目的は,長期に亘る血糖値の厳格なコントロールと,その結果として問題となる慢性血管合併症の発症,進展阻止であり,そのためには人工膵臓の小型化が必須となる。科学技術の飛躍的進歩に伴い,今日に至り,ようやく携帯可能な携帯型人工膵臓(第三世代,図3)が開発,その有用性が確認され,企業による製品化とその臨床応用の見通しがついてきた。次の段階として,体内にシステムを植込んでしまう植込み型人工膵臓(第四世代,図4)の開発に向け,研究開発が進められている。

 近い将来,糖尿病患者が,携帯型人工膵臓を携帯し,又植込み型人工膵臓を体内に植込むことにより,長期に亘る厳格な血糖コントロールが可能となるだろう。その結果,糖尿病患者の生活の質(Quality of Life)の向上,寿命の延長に貢献しうることを願っている。 

図説明

図1 人工膵臓コンセプト

図1
膵β,α細胞の機能と人工膵臓の比較。

膵臓のランゲルハンス氏島にはインスリンを分泌する膵β細胞とグルカゴンを分泌する膵α細胞があり,糖尿病患者の失われた膵β,α細胞の機能を代行するため,その機能を機械的に再構築したものが人工膵臓である。膵β及びα細胞は血糖値(重要なエネルギーとなる血液中のブドウ糖濃度)の動きを知り,細胞の中心である核に信号を送り,血糖値を下げる,又は血糖値を上げるために顆粒として蓄えているインスリン及びグルカゴンを細胞外に分泌する。したがって,その機能を代替えする人工膵臓は,血糖値の動きを知るためのブドウ糖センサ,インスリン及びグルカゴン分泌量を規定する細胞核に相当するコンピュータ・システム,及びグルカゴン及びインスリン顆粒に相当する貯蔵器と,それを体内に注入するポンプを結合したものである。細胞が生きるためにはエネルギーが必要であるが,人工膵臓では電池に置き換えればよい。 

図2 ベットサイド型人工膵臓

図2
ベッドサイド型人工膵臓で治療中の重症糖尿病患者。

 現在,ベッドサイド型人工膵臓は,入院中の重症の糖尿病患者,糖尿病患者の外科手術時の血糖コントロールにその威力を発揮している。

図3 携帯型人工膵臓

図3
糖尿病患者の長期に亘る血糖コントロールのための微小針型ブドウ糖センサを組み込んだ携帯型人工膵臓。

 微小針型ブドウ糖センサを皮下に挿入することにより,採血の必要もなく血糖値を計ることができる。この信号を携帯型人工膵臓に送ることにより,血糖値にみあうインスリン量が計算され,自動的に体内に注入される。携帯型人工膵臓をジャケットに入れ携帯することにより,長期に亘り血糖値をコントロールすることができる 。


図4 埋め込み型人工膵臓

図4
植込み型人工膵臓の模式図

 超小型の光センサをイヤリングあるいは義歯として体に装着して血糖を計り,腹部の皮下に埋め込んだ植込み型人工膵臓に電波でその結果を送る.人工膵臓は送られてきた血糖値を基に,必要なインスリン量を計算し,自動的に体内にインスリンを注入する.


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