1.肝機能の代替をどのように行うか?

 生体の化学工場にたとえられる肝臓は,判明しているだけで500種類以上の代謝反応(化学反応)を行っているとされる.このような肝臓の機能を人工的な装置でオーバーオールに補うことは中長期的にみても極めて困難であり,生体の肝細胞を利用するしか手がないと考えられるようになった.肝細胞と人工装置の組み合わせであることから(バイオ)ハイブリッド型の人工肝臓と呼ばれる.現在では,人工肝臓といえば,ほぼこのバイオハイブリッド型が主流となっている.

 肝臓は3分の2を切り取っても2週間ぐらいで元の大きさに戻るという事実はあまりにも有名である.しかし,一旦体の外に取り出して,ばらばらにした肝細胞はほぼ全くといってよいほど増殖しない.生体外での増殖の可能性を示す基礎知見はあるが,人工肝臓に必要な多量の細胞を自由に得るためにはまだまだ研究が必要である.従って,正常のヒト肝細胞を得ることは現状では依然として難しい.生体外でも無限に増殖が可能なガン化したヒト肝細胞も多数あるが,いずれも正常肝細胞と比べると失ってしまっている機能が多く,また残っていたとしてもそのレベルが著しく低いものがほとんどである.結局,次善の策として動物を殺して正常肝細胞を得ることになる.ヒヒやチンパンジーの肝臓がヒトに移植される実験的治療が行われたことを憶えておられる方も多いことであろう.しかし,これらの動物はその価格が高く,また動物愛護といった社会的風潮からも,肝細胞採取のために殺すことには抵抗が大きい.結局,食用としての歴史ゆえか動物愛護の蚊帳の外に置かれているブタの肝細胞が最も広く使われている.低分子の解毒代謝などではこのように異種の細胞でも基本的な代謝反応は同じであることが多いが,例えばブタ肝細胞の合成するたんぱく質はブタ型であり,ヒト体内で正常な働きをしないことも多いと考えられている.しかしながら,現実的な選択としてもっぱらブタ肝細胞利用型のバイオハイブリッド人工肝臓がもっぱら研究され,特にアメリカでは精力的にヒト臨床応用が継続されている.

2.最も有名な人工肝臓

 ブタなどの動物を用いるバイオハイブリッド型の人工肝臓のヒトへの応用は,歴史的にに見ると100例を優に超えている.現在,最も活発に臨床応用を続けているのは,ロサンゼルスのシダーズサイナイメディカルセンターのデミトリオ博士らのグループである.彼らは,主に肝移植待ちの患者の延命装置として,すばらしい成功を収めている.つまり,1日6時間程度の血漿還流治療を,ドナー肝臓が現れるまで2-3週間に数回行うことで,患者を延命し,移植につなぐことに成功している.

彼らの人工肝臓システムの概要を図1に示す.彼らは,ブタから採取した正常肝細胞を,まずマイクロキャリアーと呼ばれる直径0.2ミリ程度のビーズ表面に付着させ,それを透析などに用いられる細い糸のような中空の半透性膜(中空糸)を束ねたリアクターの中空糸の外側に詰めて,人工肝臓バイオリアクターとしている.患者の動脈から血液をポンプで連続的に取り出し,まず血漿分離器で血球成分と血漿成分とに分ける.これは,免疫を司っている種々の白血球が異種であるブタ細胞に触れるのを防ぐためである.血漿はまずリザーバーと呼ばれる血漿溜め一旦プールされ,そこから高速でバイオリアクターに導かれる.血液と違い血漿は赤血球を含まないので,酸素保持能力が著しく劣る.そこで,バイオリアクター内の肝細胞に十分な酸素を供給するために,酸素富化装置を置いている.この回路だけを高速で還流させるのも,肝細胞に酸素をよく供給することと,肝細胞の代謝能を十分に引き出すためである.また,これは彼らのシステムの特異な点であるが,バイオリアクターの前には,活性炭のカラムがおいてある.いまだに肝不全による昏睡状態の直接の原因は不明ではあるが,古くから中分子量の何らかの毒性物質が蓄積し,脳に障害を与えるとされてきた.そのため,肝不全治療として,血漿の活性炭吸着が行われた時代もある.彼らのシステムでの意義は明確にはされていないが,これらの毒性物質を取り除くことで,患者の治療効果を高めたり肝細胞の活性を高く保ったりするために有効であるかもしれない.このようにしてリザーバーの血液は浄化されたり必要な成分を補われたりして,患者に戻される.


 
(図1)

このシステムでは,移植待ち患者の移植までの延命装置として華々しい成功が得られているが,より重篤な肝不全患者(例えば移植の候補にすらならない患者)で,移植肝が最後まで得られなかった場合の救命率は著しく低いといった問題点がある.ひとつには,彼らのバイオリアクターの性能があまり高いとは考えられないことがその大きな理由であろう.彼らは全肝のほんの数パーセントの肝細胞しか固定化していないし,また肝細胞と血漿との物質交換はもっぱら液の流れを伴うのではなく,それぞれの物質の濃度差による拡散過程でしかおこなわれていない.患者側から見ていったい何パーセントの肝機能を補助しているかという視点で見ると,極めて不十分と言わざるを得ない.わが国での適用を考えると,移植肝が豊富に現れることはまずなく,できれば人工肝臓のみで生き残った患者本来の肝の再生を経て,真の回復に持ち込みたい.このためには,固定化肝細胞数を少なくとも全肝の10-20%にし,かつそれらを生体内にあるのと同レベル以上で能率よく血漿と接触さえてやる必要がある.

3.わが国で開発された人工肝臓

 我が国でもハイブリッド型の人工肝臓の研究は盛んで,大規模な動物実験に進んでいる研究グループをある.精力的に進めているグループの一つとして九州大学のそれが挙げられる.彼らは,ポリウレタンの多孔質体にブタ肝細胞を入れ,その中で肝細胞が自発的にスフェロイドと呼ばれる球状の凝集体が形成され,細胞あたりの機能が上昇することを基本に独自のバイオリアクターをデザインしている.すでに大動物での灌流治療実験を終えて,1999年秋に我が国では初めてヒト臨床治療への適用を想定して医学部倫理委員会への申請を行っている.ブタ細胞の使用に関しては,ブタの染色体に内在するレトロウィルスのヒトへの感染へのリスクが完全に否定できないことから,適用に関して同倫理委員会は,厳密なガイドラインを求めている.現時点(2002年2月)では,臨床は試みられていないが,近い将来にはガイドラインに沿った適用の機会が訪れるかもしれない.

 同グループは,より長期に使用可能な新たなデザインのバイオリアクターをも開発している(図2参照)これは生体内での肝細胞のミクロな配置を人工的に模倣したもので,基本的には中空糸モジュールに分類される.しかし,市販の中空糸の透析モジュールでは,中空糸間の間隔はあまり問題とされないが,そこに肝細胞を詰めるとなると,中空糸に面していない細胞への酸素や栄養素などの供給が問題となる.そこでかれらは,中空糸間に一杯に細胞を詰めても,最も内部の細胞への十分に酸素や栄養素が供給されるように,中空糸の間の間隔を100 μm単位で厳密にコントロールする新たなバイオリアクターを開発している.このデザインで,肝細胞同士が細長い凝集体を形成し細胞あたりの機能は向上,かつモジュール全体としての固定化密度も4.0X107 cells/cm3-reactor程度と極めて高密度となり,その機能も1ヶ月以上の長期にわたって保持されるという種々の利点を有している.その高いオリジナリティーが認められ,さる第39回日本人工臓器学会オリジナル賞を受賞した(協力:九州大学大学院工学研究院・化学工学部門・船津和守研究室).

 (東京大学生産技術研究所・酒井康行)


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